俺があたためてやるよ

少しだけ早起きして TED をみた。英語を聞けるようにも話せるようにもなりたい。

仕事の進め方についめ最近雑すぎたのでちゃんとするように心がけた。習慣化させるのが大事だからその第一歩。

そんなことをやってたらとても疲れて後半頭痛かった。
帰ってきてからは乃木中とけやかけみたり、カリブラの下ネタ動画見たり。
たまみちゃんかわいいね。あときょんこの可愛さにも気づいた。
可愛い女の子はかわいいね。

あとめっちゃ寒い。
俺があっためてあげるよとか言いたい冬だ。
ん?おやすみ。

Google マップがないと迷子になるのか検証した結果www

運動系の活動を用いてはじめて感覚系で感じていることを理解することができるということ。
自分が何を感じているのかを理解するためにノートを書く。

ref: https://www.youtube.com/watch?v=30a1b8-5zS4

今日は朝と夕方に2人のひとのプログラミングの学習をサポートする活動をした。
改めて RoR 難しいと感じる。なぜなら、そこまで gem の細部まで知らないから。
「Rails がいい感じにしてくれる」っていうのはフレームワークだからこその強みではあるのだけど、なんでそうなっているのかを知らなくても動いてしまう怖さも孕んでいる。
だから、そういった Rails ちゃんがいい感じにしてくれるところについて「なぜ?」と聞かれると「よーし、一緒に調べてみましょう」となる。なんだかんだ自分の勉強になっていてよいな。
自分の勉強にもなってお金もらえるんだもんな。最高かよ。

あと晴れてたのでウォーキングした。
たまプラーザまで歩いていこうと思ったら、気づいたらあざみ野まで歩いていて驚愕した。
Google マップに頼らずにたどり着くという挑戦だったのだけれど、最後はギブアップでマップをみてしまった。
答え合わせをしたところ想像以上にたまプラーザ近かったので「まじかよ〜〜」とか一人でいいながら目的地へ到着。
書店で以下の本を購入。

ローソク足チャートの本読んでるけど結構面白い。

ウォーキングしながら立派な家が立っているのをいくつかみて、こういうのを買う人達は労働所得だけで生きてないだろうなとか思っていた。

そういえばヒカル復活したらしい。HIKAKIN がホワイトならヒカルはブラックみたいな感じで盛り上げて欲しいね。おわり。

うまるちゃんはやっぱり神アニメ

干物妹!うまるちゃんのシーズン2を毎週アマゾンビデオで見ているけど、やっぱり神アニメだわ。
笑いとなんだか少しあたたかい気持ちになれるエピソードがうまくミクスされていて「いい話ダナー」となる。
ポテチとコーラを片手にだらだら観ることをおすすめする。

あとは今日は久しぶりにここ数ヶ月くらいの生活についての「ふりかえり」をした。
継続すべきこともいくつかでてきてよかったが、その数倍に改善すべきことがあって参った。
このところずっと土日はだらだらしてしまっていて、時間の意識が不足していたのでがんばりたいところ。(チャートをみてる時間がとても長いなど)

ビットコインキャッシュじわじわあがっていっててよい。
ある程度利益がでたらちゃんと確定できるようになりたい。
高騰しているときって、もう少し上がってから売るぞ〜って気持ちになって、気づいたら下降トレンドに入って暴落始まって、ここまで来たら売れないよ、となり塩漬けになるみたいな、初心者のお手本のようなことをしてしまっている。

歓喜で売って悲鳴で買うを実践するぞ。

仮想通貨を買いました

先日、「いまさら聞けないビットコインとブロックチェーン」を読んでなかなかに興味深かったのでビットコインを買いました。
イケハヤさんのブログなどをみて、ますます投資(投機・トレードではない)の気持ちが高まってきたので長期保有を前提として毎月余剰資金としての1万円くらいを仮想通貨に突っ込んでいこうかと思っています。これぐらいだったら、まあ最悪無くなってもいいかという気持ちでいられるので楽ですからね。

というのは建前で、既に3万円相当くらい買っていて、チャートを眺める生活を送ってしまっています…
あと冒頭でビットコインを買ったといいましたが、次の HF に向けてのリスクヘッジと、せっかくの遊びなら賭けたいという気持ちで、今は60パーセントくらいは BCH が占めてます。次に BTC 、そしてモナコイン()といった感じです。
まあ、でもホント目的は長期保有なんで、信用取引をするつもりはないです。

資産運用という話でいうと、考えているのは THEO のロボを使った積み立てと、遊びで仮想通貨、余力があればつみたてNISAでの運用を考えています。

金で自由(選択肢)を手に入れるぞ。

医者は風邪薬を飲まない

年に 2 回ほど風邪を引くことがあるのだが、ちょうど一昨日あたりからその兆候があって、昨日は 38 度を超える高熱を出してひたすら寝ていた。

これまでは風邪を引いたら、「優しい大人たち」が助言してくれるように風邪薬を飲んでいたが、今回は人間の自然治癒力を信じて、栄養と睡眠による療養に専念するようにした。
そうしたところ圧倒的な早さで回復を果たし、昨日の昼に 38 度あった熱が、今日の朝には 36.3 度と平熱に近い体温に戻っていた。

なぜ、風邪を飲まないほうが回復が早いのか。
これは当然といえば当然で、風邪を引いているときの熱や鼻水、関節の痛みなどはウイルスと闘うために「正常に」身体が機能していることの証であり、僕たちは栄養や睡眠などによってそのサポートをすることが一番の治療なのである。
かえって西洋医学による薬というものは対処療法によって、一時的に身体機能を低下させるものであり、命に関わる緊急治療(あまりに痛すぎて死ぬ)などの例外を除けば基本的には使わないほうがよい。

僕たちの身体はいつも正常で、睡眠が足りてなければ眠くなるし、頭が疲れることをすれば休ませる合図として頭が痛くなるし、毒素を排出する必要があるときにはお腹がいたくなる。
それを、食事・運動・睡眠といった生活習慣で解決しようとするのではなく薬でごまかそうとするのは痛みをツケで払っているようなもので、副作用に悩まされたり薬と長いお友達になったりしてしまう可能性を孕んでいる。
したがって、僕たちが一番大切にしなきゃいけないのは日頃から体を大切にして、そして体の声をちゃんと聞いてあげるということだと思う。

エンジニアとして働ける幸せについて

エンジニアとして働けることはとてもありがたいことだと思っている。

理由として大きいのは、学べば学ぶほど自分のスキルが向上し、市場価値が高まり、未来の可能性が拓けていく感覚が得られるその性質にあると感じる。
もちろん、業務として常に自分のスキルを高められるようなことばかりやれるかというと、そんなことはないかもしれない。
しかし、他の職種と比較した場合(僕の場合以前はディレクターの仕事をしていたため)、やはりエンジニアとして働くことは自身の成長が常に感じられるように思う。

現在、週末にプログラミングのインストラクターをやっている。
先日、法人営業をやっている人に「プログラミングを学びたいと思ったきっかけってありますか?」と尋ねたところ「営業は会社の看板がないとダメで、自分がなにかできるわけじゃないので」と直截的に言われ、つい「そんなことはないはずです!」と反応してしまいそうになったことがあった。
というのも、営業職は営業職として、身につけるべきスキルはまた別であると思うからだ。(プロダクトを作っていていつも感じるのは俺には営業のスキルがないなということだったりもするので。)
しかしながら、やはりそういったネガティブな声が出てしまうというのは、営業に必要な技術やノウハウがはっきりとは目に見える形で落とし込まれてないからだろうし、組織における評価においても基準をもうけることに苦労しているからかもしれない。

そういったものを見ると、プログラミングというものはソースコードによって、あなたの思考が視覚化されるため「わかりやすい」というのもまた大きなメリットであるように思える。(クソコードを書けば、クソであることがはっきりとわかってしまう恐ろしさを孕んでいるが…)
なぜなら、オープンソースによってあなたが長年積み重ねてきたものをすぐにアピールすることができるため、自分に最適な箱を選ぶための自由を比較的に得やすいからだ。

俺は何よりも自由でありたい。ゆえに自由を感じながら明日もコードを書く。以上。

コミュニティにおける身分差別

俺は就活はしたけれども結局のところいくつかの企業の内定を蹴って、全くのゼロの状態にした。この選択は間違ってなかったと思ってる。なぜなら、ゼロになったことで、親の声とか一般的に世間で正解だと思われていることを捨てることになり、おかげで素直に「やってみたいこと」に挑戦することができたから。

そこから、手に職をつけるためにほぼ未経験に近いけれどもエンジニアとして雇ってくれるようなベンチャーに転がり込んだわけ。そこから俺の「非正規雇用」が始まった。まあ正確には大学生時代も「アルバイト」をしていたのだけれど。

で、やはり思うのは、日本の「非正規雇用」というのは身分差別と何が違うんだろうということ。
俺はもちろん、コミットする会社のビジョンとか目標に貢献しようとするし、結果として「正社員と変わらない労働」をしようとする。そりゃそうなんだよ。同じ人間で、正社員と同じように機会を与えられるわけで、そこで「いや自分非正規雇用なんで、本気出さないっす」なんてカッコ悪いじゃん。
だけど、残酷な話で、給料という形で示される俺の労働の価値っていうのは、とても低いんだよね。お前なんてこれくらいしかはたらきがないんだよって毎月数字で示されるんだよね。同一労働、低賃金なわけ。非正規雇用なんだから当たり前みたいな話になってるけど、やっぱり「みじめ」ですよ。はっきりいうとね。
だから、非正規雇用ってのは、雇用される側がうまく利用しないと搾取されるだけだろうと思う。これは企業の体質の問題かもしれないし、それよりもっと大きな問題として、国が税の徴収の仕方を変えるとかが必要な話かもしれない。だからこそ、つまり、責任の所在がはっきりしていないからこそ、非正規雇用者は見極めなければならない。

ただここまで言っておいてアレだけれど、労働者が「安くてもいいから雇ってください」ってカードが切れないようにしてしまうのはどうかと思う。そりゃポテンシャルを買って、「そこまでいうなら雇うよ。ただし正社員でね、その代わりちゃんとやれよ」みたいなイケメンな上司が奇跡的にいるかもしれないけど、現実的には雇用側は「安いならいいか、とりあえず働いてみれば」みたいな Win と被雇用者側の「よっしゃ経験積んで人生勝つぜ!」みたいな Win はあるわけだよね。
実際俺もプログラミングの経験なかったけど、実務で学びながらいまそれなりにまあまあやれるようになってるわけなんだよね。この入り口はなくはないと思う。だけど、成長すればするほど、毎月の定量的な価値の数値化によって残酷にみじめになっていく。

でもまあそれが組織の論理なんですね。会社は労働者が生活に必要な経費しか支払わないですから。
だから、それに従いたくなかったらフェードアウトして新しい働き方をつくっていかなきゃいけない。本音を言えば結構これが楽しい気がしているんだけどね。

まあ、みんな自分を必要としてくれる人と一緒に生活したいと思っているし、自分も自分に必要だと思う人たちを大切にしていく、それだけの話ですね。
だから、必要な人には、お前は必要だよっていうサインをちゃんと投げていかなきゃいけないなって思いますね。それがやりがい搾取かどうかは知らないですが、おーこわい。

世界には愛しかない

昨日、珍しく彼女のほうからLINEがきた。
「例のやつみたよ!」といった内容で、そういえば前に欅の全国ツアー特集の映像がオススメだから是非みてみてと勧めていたのを思い出した。

みてみるとは言ってくれたものの、たとえみたとしても、彼女の中で完結してしまうのだろうなあと思っていた。

なぜなら、彼女のほうからメッセージが来ることはほとんどなく、付き合っているとは言っても俺の愛情のほうがとても大きいだけで、彼女は俺にあまり関心がないものだと思っていたからだ。
でもまあ俺はそれはそれでいいと思っていたし、わざわざそのことについて話すことも違うなと思っていた。
相手の気持ちを、直接的に変えようとすることは間違っていると思うし、むしろ逆効果だと思っている。

たとえるなら、勉強しない子どもに「勉強しなさい」と言って矯正するようなものだ。そうじゃなくて、僕たちがやるべきなのは、僕が勉強して楽しそうにしている姿を見せるとか、会話の中で「〜ってどうしてそうなってるんだろうね?」などと勉強意欲を湧かせるようなことを聞いてみるとか、そういったものが本質的なものであると感じる。

そういうわけで、俺は与えることによって幸せを得られる境地に達していた。
相手から俺に対する質問がなかったりして、多少寂しいと思うことはあっても、そういったコミュニケーションすら愛しいと思っていた。

だから、突然相手からメッセージがきていてびっくりして、なぜか心臓がバクバクした。動揺してしまったのだ。

だって、彼女は自発的に俺に対してメッセージを発信してくれたのだ。これは単なるLINEの話ではない。相手にギブをするという行為を彼女が自発的に選択してくれたのだ。

そういったことをその瞬間には考えることはなかったが、無意識で感じ取った。

「、、ぅうう」という声にならない感情になり、ついうっかり、嬉しいというメタ的な気持ちを送ってしまいそうになったが、それは暗にこれまでの幾ばくかの不満(のようなもの)をあらわしてしまうことになるので、そのことには触れず、具体のレベルでのメッセージのやり取りを平然と行った。

そうして、しばらく経った後に、あたたかい気持ちが僕を包み込んだ。

わたし、先生になります!

プログラミング未経験者を相手にプログラミング学習のサポートをすることになった。なったっていうと受動的だから「することにした」。

完全リモートで、Skype やその他チャットツールを用いる。
ただ単に Ruby や Ruby on Rails を教えるというよりは、「サービスを立ち上げるために必要なことについて色々助言する」といった裁量の大きなものだ。
面談をしてくれた人は過去の生徒さんの話をしてくれた。生徒さんはダイビングが好きで、

ダイビングをするための時間を確保するためにプログラミングを学び始めたらしい。(今では他にもアルバイトをしながら、身内との繋がりから開発案件を獲得して経験を積んでいるらしい。)
作りたいサービスについても、ダイバーのためのサービスを作ろうとした。そこで、インストラクターとして、「そもそもダイビングにはどういった道具が必要なの?」などと深掘りして、サービスに必要な要素を固めていく。また、同じようなことをやっているサービス・会社があるだろうから「まずは競合調査をしてみましょうか」と提案する、といったようなものだ。

プログラミング未経験といっても幅広くて20代から40代までいるし、これまでどういった職業であったのかもバラバラだ。
しかし、共通しているものは、プログラミングを通して自分の人生を再設計しようとしているということだ。手に職をつけて転職をしたい、あるいはフリーランスになりたい、今の仕事と掛け合わせて受託開発したいなど、明確な人生の目的をもって参加している。(はじめに必ずそこの目的設定をするように営業の人が働きかけているようだ)

僕自身、個人のスキルを高めて場所や時間に囚われずに仕事をしたいといったような気持ちで上京したということもあるので、彼らの気持ちにはとても共感する。
だから、僕は彼らの熱意に応えられるように、必死に学習をし続けなければならないだろう。
これによって結果的に僕のエンジニアとしての幅を広げることや、技術力向上に強く働きかけることが期待できるため、素晴らしいシナジーという他ない。

なにより時給が(ここから先はチャンネル会員登録者のみが閲覧できます)

みたいな機能を今週末くらいに実装します。おわり。

「かけたん」について

KAKETAN(かけたん)は社会とのつながりについて無限の可能性を秘めている。

ポケットモンスターシリーズをプレイしていた僕の名前は、「かけうどん」だったり「かけそば」だったり「かけぽよ」だったりした。
(ちなみに「かけうどん」は僕が一番好きなバージョンであるプラチナで、「かけそば」はハートゴールド、「かけぽよ」はブラックだ。)

「かけたん」は、ちょうど大学を卒業する頃に主に SNS 上で名乗っていたハンドルネームだ。
当時、「くまたん」というポケモン実況者のニコニコ生放送を観ていた。寒いギャグと視聴者からの弄られっぷりが中々に面白かった。現実の話もしばしば語られて、同じ大学の茶髪の女の子のことが好きだ、といったようなことを話していた。
ところが彼は突然、ニコニコ生放送から避っていった。放送の中で、「茶髪子ちゃんとうまくいったら放送もやれなくなるかもしれない」と言っていたので、そういうことなのだと思った。
そんな話はどうでもいいが、ほんのわずかに「くまたん」の影響を受けて「かけたん」と名乗るようになった。リア友は、それをもじって「かけたそ」と呼ぶこともあった(ある)。
そんな「かけたん」は、就職活動を機に自分の未来についてたくさん考え、覚悟を決めて、2015 年のまだ寒かった頃に黒い飛行機に乗って上京した。

そして、たくさんの社会とつながるたびに、「かけたん」は沢山の名前を手に入れていった。

目黒のベンチャー企業に勤めていたころは、同僚のみんなから「りょうすけ」と下の名前で呼ばれていた。「りょうすけって、まさにりょうすけって感じだよね」と言われるくらい、当時のぼくは「りょうすけ」だった。
またその頃は、吉祥寺のシェアハウスに住んでいて、住人のみんなからは「かけりん」と呼ばれていた。よく帰宅すると「かけりんじゃーん!」と声を掛けてくれた。一緒にリビングでご飯を食べたり、映画を観たりした。
また、上京してから1年ほど声優養成所にも通っていた。仲の良かった高校生〜大学生の友だちからは「かけちゃん」と呼ばれていた。なぜ「かけさん」とかじゃなくて「かけちゃん」だったのかはっきりしていないが、年の差を感じさせない距離感がとても嬉しかった。

目黒のベンチャー企業から渋谷の IT 企業に移ったときにも、同じように親しみをもってもらいたいという気持ちで「かけちゃん」と名乗った。
同時期に、エンジニアとしてのハンドルネームを決めるときには、名前は短ければ短いほど良いだろうということで、「kake」が含まれていてかつ Twitter で一番短く取得できる screen_name として選ばれたのが「QKAKE」だった。
今でもエンジニアとしての「かけたん」は「QKAKE」である。

このように、社会と繋がった結果として様々な名前を獲得してきたのである。

言ってしまえば「かけたん」は何者でもない。家も、仕事も、知り合いも何もないゼロの状態が「かけたん」だった。
しかしそれは「りょうすけ」や、「かけちゃん」といった存在と行き来を繰り返すことによって今や大きく拡大しているし、拡大しつづけている。

KAKETAN.COM は、こういった、私人が社会とつながるためのもう一つの人格(=かけたん)が発信するためのプラットフォームである。