世界には愛しかない

昨日、珍しく彼女のほうからLINEがきた。
「例のやつみたよ!」といった内容で、そういえば前に欅の全国ツアー特集の映像がオススメだから是非みてみてと勧めていたのを思い出した。

みてみるとは言ってくれたものの、たとえみたとしても、彼女の中で完結してしまうのだろうなあと思っていた。

なぜなら、彼女のほうからメッセージが来ることはほとんどなく、付き合っているとは言っても俺の愛情のほうがとても大きいだけで、彼女は俺にあまり関心がないものだと思っていたからだ。
でもまあ俺はそれはそれでいいと思っていたし、わざわざそのことについて話すことも違うなと思っていた。
相手の気持ちを、直接的に変えようとすることは間違っていると思うし、むしろ逆効果だと思っている。

たとえるなら、勉強しない子どもに「勉強しなさい」と言って矯正するようなものだ。そうじゃなくて、僕たちがやるべきなのは、僕が勉強して楽しそうにしている姿を見せるとか、会話の中で「〜ってどうしてそうなってるんだろうね?」などと勉強意欲を湧かせるようなことを聞いてみるとか、そういったものが本質的なものであると感じる。

そういうわけで、俺は与えることによって幸せを得られる境地に達していた。
相手から俺に対する質問がなかったりして、多少寂しいと思うことはあっても、そういったコミュニケーションすら愛しいと思っていた。

だから、突然相手からメッセージがきていてびっくりして、なぜか心臓がバクバクした。動揺してしまったのだ。

だって、彼女は自発的に俺に対してメッセージを発信してくれたのだ。これは単なるLINEの話ではない。相手にギブをするという行為を彼女が自発的に選択してくれたのだ。

そういったことをその瞬間には考えることはなかったが、無意識で感じ取った。

「、、ぅうう」という声にならない感情になり、ついうっかり、嬉しいというメタ的な気持ちを送ってしまいそうになったが、それは暗にこれまでの幾ばくかの不満(のようなもの)をあらわしてしまうことになるので、そのことには触れず、具体のレベルでのメッセージのやり取りを平然と行った。

そうして、しばらく経った後に、あたたかい気持ちが僕を包み込んだ。

わたし、先生になります!

プログラミング未経験者を相手にプログラミング学習のサポートをすることになった。なったっていうと受動的だから「することにした」。

完全リモートで、Skype やその他チャットツールを用いる。
ただ単に Ruby や Ruby on Rails を教えるというよりは、「サービスを立ち上げるために必要なことについて色々助言する」といった裁量の大きなものだ。
面談をしてくれた人は過去の生徒さんの話をしてくれた。生徒さんはダイビングが好きで、

ダイビングをするための時間を確保するためにプログラミングを学び始めたらしい。(今では他にもアルバイトをしながら、身内との繋がりから開発案件を獲得して経験を積んでいるらしい。)
作りたいサービスについても、ダイバーのためのサービスを作ろうとした。そこで、インストラクターとして、「そもそもダイビングにはどういった道具が必要なの?」などと深掘りして、サービスに必要な要素を固めていく。また、同じようなことをやっているサービス・会社があるだろうから「まずは競合調査をしてみましょうか」と提案する、といったようなものだ。

プログラミング未経験といっても幅広くて20代から40代までいるし、これまでどういった職業であったのかもバラバラだ。
しかし、共通しているものは、プログラミングを通して自分の人生を再設計しようとしているということだ。手に職をつけて転職をしたい、あるいはフリーランスになりたい、今の仕事と掛け合わせて受託開発したいなど、明確な人生の目的をもって参加している。(はじめに必ずそこの目的設定をするように営業の人が働きかけているようだ)

僕自身、個人のスキルを高めて場所や時間に囚われずに仕事をしたいといったような気持ちで上京したということもあるので、彼らの気持ちにはとても共感する。
だから、僕は彼らの熱意に応えられるように、必死に学習をし続けなければならないだろう。
これによって結果的に僕のエンジニアとしての幅を広げることや、技術力向上に強く働きかけることが期待できるため、素晴らしいシナジーという他ない。

なにより時給が(ここから先はチャンネル会員登録者のみが閲覧できます)

みたいな機能を今週末くらいに実装します。おわり。

「かけたん」について

KAKETAN(かけたん)は社会とのつながりについて無限の可能性を秘めている。

ポケットモンスターシリーズをプレイしていた僕の名前は、「かけうどん」だったり「かけそば」だったり「かけぽよ」だったりした。
(ちなみに「かけうどん」は僕が一番好きなバージョンであるプラチナで、「かけそば」はハートゴールド、「かけぽよ」はブラックだ。)

「かけたん」は、ちょうど大学を卒業する頃に主に SNS 上で名乗っていたハンドルネームだ。
当時、「くまたん」というポケモン実況者のニコニコ生放送を観ていた。寒いギャグと視聴者からの弄られっぷりが中々に面白かった。現実の話もしばしば語られて、同じ大学の茶髪の女の子のことが好きだ、といったようなことを話していた。
ところが彼は突然、ニコニコ生放送から避っていった。放送の中で、「茶髪子ちゃんとうまくいったら放送もやれなくなるかもしれない」と言っていたので、そういうことなのだと思った。
そんな話はどうでもいいが、ほんのわずかに「くまたん」の影響を受けて「かけたん」と名乗るようになった。リア友は、それをもじって「かけたそ」と呼ぶこともあった(ある)。
そんな「かけたん」は、就職活動を機に自分の未来についてたくさん考え、覚悟を決めて、2015 年のまだ寒かった頃に黒い飛行機に乗って上京した。

そして、たくさんの社会とつながるたびに、「かけたん」は沢山の名前を手に入れていった。

目黒のベンチャー企業に勤めていたころは、同僚のみんなから「りょうすけ」と下の名前で呼ばれていた。「りょうすけって、まさにりょうすけって感じだよね」と言われるくらい、当時のぼくは「りょうすけ」だった。
またその頃は、吉祥寺のシェアハウスに住んでいて、住人のみんなからは「かけりん」と呼ばれていた。よく帰宅すると「かけりんじゃーん!」と声を掛けてくれた。一緒にリビングでご飯を食べたり、映画を観たりした。
また、上京してから1年ほど声優養成所にも通っていた。仲の良かった高校生〜大学生の友だちからは「かけちゃん」と呼ばれていた。なぜ「かけさん」とかじゃなくて「かけちゃん」だったのかはっきりしていないが、年の差を感じさせない距離感がとても嬉しかった。

目黒のベンチャー企業から渋谷の IT 企業に移ったときにも、同じように親しみをもってもらいたいという気持ちで「かけちゃん」と名乗った。
同時期に、エンジニアとしてのハンドルネームを決めるときには、名前は短ければ短いほど良いだろうということで、「kake」が含まれていてかつ Twitter で一番短く取得できる screen_name として選ばれたのが「QKAKE」だった。
今でもエンジニアとしての「かけたん」は「QKAKE」である。

このように、社会と繋がった結果として様々な名前を獲得してきたのである。

言ってしまえば「かけたん」は何者でもない。家も、仕事も、知り合いも何もないゼロの状態が「かけたん」だった。
しかしそれは「りょうすけ」や、「かけちゃん」といった存在と行き来を繰り返すことによって今や大きく拡大しているし、拡大しつづけている。

KAKETAN.COM は、こういった、私人が社会とつながるためのもう一つの人格(=かけたん)が発信するためのプラットフォームである。